タイのあれこれ

と、フィリピンのあれこれも

奉仕の様子

 

サバンは、地底河川観光の中心になっているため、世界中から観光客が訪れています。そのため、観光用ボート乗り場の近くでカートを使った奉仕をしています。

まだ出版物やポスターの準備が整っていませんが、少しずつ世界基準に近づくよう準備中です。

海沿いに小さな集落が点在していますが、山が海までせり出している複雑な海岸線のため、海沿いをつなぐ道はなく、プエルト・プリンセサからサバンの港を結ぶメインの道路から、海沿いの集落に向けて未舗装の道路が枝状に伸びているという感じです。この日は、アップダウンの道を30分くらい歩いて、小さな小学校がある集落を奉仕しました。

ちなみに、最後の写真が学校の写真です。のどかな感じですよね。日本の田舎との大きな違いは、田舎=少子高齢化ではないということ。奥地の田舎でも子供がちゃんといて、逆に田舎の方が子供が多いくらいです。

逆に、メインの道路から山側に向かって歩いた場所に開けた土地があって、そこに集落があるというところもあるようです。この前行ったところは、20分くらい歩いたところまでしか奉仕しませんでしたが、その奥にさらに5キロぐらい歩いたところに集落があるとのことでした。また、離島ではありませんが、陸路の道がなく、ボートでしか行けない集落もあるようです。私にとってはまだまだ未知のテリトリーがたくさんあります。

メインの道路の突き当りに港がありますが、その先はまた未舗装の道になります。

住んでいる人は、ほとんどが海に関係した仕事をしています。男性は漁師さん、観光ボートのキャプテン(船長)、ヘルパー(船頭さん)、女性はお土産売りや観光客向けのレストランの店員などなど。今は乾季でハイシーズンなので皆さん忙しそうです。漁の時期が終わると、畑仕事をするそうです。

海あり、山あり、観光地あり、と、変化に富んだ区域です。住んでいる人は共通語としてタガログ語を話します。パラワンは、1950年代以降、フィリピンのいろんなところから移民がやってきて人口が激増したという背景があります。今はその子供や孫の世代の人たちが多く、共通語として定着したタガログ語を話しています。ビサヤ地方からの入植者が多いようで、昔は、家ではイロン語を話しているとか、もともとパラワンに住んでいた人と結婚して地元の言葉も分かるという人も多かったようですが、今は少数派のようです(最近移り住んて来た人もいますので、彼らは自分たちの言葉を流暢に話します)。奉仕で歩いていても、聞こえてくるのはほとんどタガログ語です。マニラで話されているような、嫌味なほど丁寧な言葉を混ぜて話してくるような人はおらず、素朴なタガログ語なので、私には分かりやすいです。少し路地を入っていくと、点在している家はほとんどが親戚同士というところも多いですね。その中で真理を受け入れて生き方を変えるというのは、本当に勇気がいることだと思います。移民ではなく、昔からパラワンに住んでいた人たちもいます。典型的なフィリピン人の場合は、マレー系に中華系やスペイン系の混血という人が多いですが、いわゆるネイティブと呼ばれる人は、肌の褐色の色がとても強く、外見が違います。アボリジニっぽい、と言ったら伝わるでしょうか、見かけると、おぉっと感じます。彼らにもぜひ真理を伝えたいですね。