慰められる

今日は、

ご主人のお母様が亡くなったという、

友人の家に行ってきました。

 

そのお母様は、

友人とご主人さんとは別の家で、

1人で暮らしていました。

 

ご主人さんが、

お母さんの携帯電話に電話しても出ないので、

不思議に思い、

歩いて5分もかからないところにある、

そのお母様の家に行ったところ、

洗濯機の隣りで倒れているお母様を発見。

 

しかし、

その時には、

すでに亡くなって二日ほど経っていたことが、

後に判明したそうです。

 

その3日前位には、

直接あって話もして、

元気だったとのことです。

 

あまりの突然の出来事に、

かなりショックを受けておられました。

 

実は、

そのお母さんと同居する具体的な計画を立てていて、

1、2ヵ月後にはその家に引っ越して、

一緒に生活することになっていたようです。

 

それだけに、

早く一緒に暮らしていればという、

後悔の気持ちも感じているようでした。

 

すぐ近くで暮らしていても、

こういうことが起こってしまうのですね…

 

実際の所、

ご主人さんは、

もう1年以上求職中でした。

 

他に身寄りのないお母様も、

生活保護を受けておられたようです。

 

このような経済状況も、

一緒に生活するという決定が遅れてしまった要因かもしれません。

 

こういう中ですと、

ご主人さんの辛さは、

どれほどのものなのでしょうか。

 

今日火葬が終わり、

一通りの事が住むということでしたので、

友人と一緒に、

ご自宅に伺ってきました。

 

私は、

これまでほとんどその後主人さんと面識がなかったのですが、

いろいろなことを話してくださいました。

 

「一緒に心中でもした方が…」

とまで気持ちを打ち明けてくださいましたが、

話しているうちに、

だんだんと落ち着いてこられ、

最後にはいくらかリラックスした表情になっておられました。

 

ご遺族を慰めに行ったつもりでしたが、

ご主人さんは、

ポツリポツリと起きたことを話し始め、

やや感情的になる時がありながらも、

ご自身の身の上話やお母様との思い出話もしてくださり、

一通り、

心にあることをみな話してくださったようでした。

 

その様子を見ているうちに、

こちらの方が慰められるような、

そんな不思議な気持ちになりました。

 

本当に、

明日何が分かるか、

または自分の知らない所でどんなことが起こっているか、

分からないものですね。

 

一日一日、

大切に、

自分のできることを行なっていきたいと、

思いを新たにしました。