タイのあれこれ

と、フィリピンのあれこれも

被災者

郡山市に住む友人と電話で話をしました。

 

震災直後も連絡を取り合ったのですが、

今日の電話はそれ以来でした。

 

あの地震からもう2ヶ月以上がたちます。

今感じている精神的な負担は、

地震のすぐ後に受ける精神的なダメージとは、

ちょっと質が異なるようです。

 

彼の実家はかなり被害が大きく、

保険屋さんの診断だと全壊として扱える程度だったようです。

 

ただ、

全壊として判定してしまうと、

本当に住めなくなってしまうので、

半壊という扱いにして、

修理をしながらその家に住んでいるとのことでした。

 

友人本人の家もかなりダメージを受けたようですが、

他に住める場所もなく、

今もその家で暮らしています。

安全性を確信できない所に住み続けなければならないというのは、

なかなか精神的にきついみたいでした。

 

なるほどねー

長期に及ぶストレスというのは、

本当にしんどいでしょうね。

じわじわと精神力をそがれるような感じなのでは。

 

ただ、

何かをしてあげたいという気持ちは山々なのですが、

できることは限られてしまいます。

 

時々連絡を取ることと、

後はやっぱり自分がそこを訪れて、

何かしらのことを共感できるようになるということが、

必要な気がします。

 

神戸の震災の時は、

震災の半年後ぐらいに旅行の途中に立ち寄りましたが、

まだまだ現地にはその爪跡が残っていたのを覚えています。

 

今回の津波の被害を受けた地域は、

復旧するまでにどのくらいかかるのでしょうか?

 

あの瓦礫を片付けるだけでも大変ですよね。

 

野次馬根性で見に行くつもりはさらさらありませんが、

このような災害がいつ自分の地域で起こるか分かりませんから、

やはり一度はこの目で見ておきたいという気持ちがあります。

 

母の実家は宮城県で、

祖母は長らく石巻に住んでいました。

母のおばさんは今でも石巻に住んでいて、

津波が来た時は、

歩道橋に登って何とか命だけは助かったそうです。

 

お見舞いと合わせて、

現地を訪れる機会を探っていきたいと思います。

 

これって、

おかしいことでしょうかね?